2022年2月6日日曜日

読書)シンニホン 安宅和人

日本はオワコンなのだが勝てる、一言ではそういっている。手遅れではないのだ。

悲観論を払拭している本だ。

①これからの世界はどう変わるのか、

データ×AIの時代はすでにきている。そこで世界は変わる。活用できない企業は淘汰されるのである。2007年の時価総額は石油企業などが時価総額が高かったが、現在はGAFAなどデータ事業をしている企業が時価総額が高い。形がなく、空間制約がない産業が強くなる。ものの限界から解放されていくのである。それは指数関数的スピードで成長していくのである。一度あがったらとてつもなく早いスピードで成長するのだ。そのため、きっとこうなるだろうではなく、絶対不可能なことがおきる。

②そのなかでどれだけ日本がオワコンか

そうしたなか、日本は遅れている。データの量がたりない、人財がいない、
検索エンジンも弱い、処理するための基盤も弱い(通信代も電気代も高い)、そしてデータとAIを扱える人財が弱い、トップのアメリカ、中国、インドに負けている。これから求められるエンジニアは自然言語処理、機械学習ができる人材は少ない。データとAiに慣れ親しんだ人財が生まれても、ビジネスの中心にいる人財は、じゃまおじ、となり、邪魔してしまう。この地獄的状況を黒船来航と同じといっている。日本は、産業革命のときと同じで手遅れ、ただここから日本が這い上がるチャンスがある。

③そこからどう這い上がるのかを語っている、

前提として、産業革命は、1)新しいエネルギー技術を発見し、2)技術の活用がされ、3)新しい機械、産業がつながりシステムを生むのである。この3つのフェーズでは、日本は、第一フェーズは何もできていず、鎖国状態、それにもかかわらず、2)フェーズでは教育、郵便、銀行を立ち上げ、第二次世界大戦のときにはカメラなど技術の活用で先端といき、システムづくりでは新幹線などハイスペックな車両、電気制御をした。ファミコン、カメラなどハイスペックなものを実現した。日本は第一のフェーズはダメ、第二、第三フェーズに強い。仏教も今は日本のようだがもともとインド、そして中国から日本にきた。しかし今、日本が最も仏教が発展している。つまり、第二、第三フェーズに強い。

データ×AIにおいても今のフェーズは、フェーズ1の終わりごろである。各企業がちらほら使い始めている程度だ。ここから別人のように日本人が逆転するポテンシャルが日本にある。そこには出口産業と妄想力が必要なのである。データ×AIを実用化する産業は多い。自動車、家電、小売りが強い。データ×AIを活用する強い産業がある。プラットフォームは作れなくても、プラットフォームとつなげて飛躍する産業を持っている。データ×AIとつなげばいい。そして日本には最強の妄想力がある。全く読めない方向に変化するので妄想力が大事といっている。ディベートでは勝てない日本人でも、妄想力の英才力をうけている。鉄江ワンアトム、ドラえもんのほんやくこんにゃくなど妄想力が強い。フェーズ1で負けてもこれから永遠の敗北なのではない。海外に比べても強い出口産業がある。持前の妄想力で出口産業を妄想力でつなげるべきである。

シンニホンは新ゴジラからきている。この国はスクラップ&ビルドで国を作り上げた。壊滅的な現状は再生へのきっかけとなる。一人負け、失われた30年はあるが、ゲームチェンジで勝てるチャンスはある。

日本では変革期には若いひとたちが活躍している。幕末の時代もそうである。このゲームの時代には、若い人たちが革命をおこしたのである。

そのためには新技術から、応用、そしてエコシステムを構築することが必要である。産業革命の時代も世界の先進国の仕組みを取り入れた。ゲームチェンジには出口産業と妄想力が必要である。日本にはモノづくりが強いがデータ×AIの応用が必要である。データ×応用により、新しいビジネスモデルが構築できる。日本にはそのチャンスがまだある。日本には出口産業となるロボット産業や自動車など世界で優位性を持っている産業があるのである。そうした産業と、AIやデータ産業を掛け算することにより、日本の強みを発揮することができるのである。そのためには妄想力が必要なのである。

そして予算配分が大事である。 若い人につないでいくことが必要だ、。日本の功労者は、これからの世代のために予算を配分し、将来の産業を育成していかなければいけない。そういったおじさんたちのことを、じゃまおじ、といっている。

そして地方の再興が必要であるととなえている。ブレードランナでとなえているのは地方と都市のとんでもない格差、安宅和人氏がとなえているのが、風の谷のナウシカの世界、世界が滅びて、汚染された空気から海風によって守られている町のはなし。現代よりも進化してとんでもない兵器で世界が滅びたあと、小さい平和な街に暮らす。テクノロジーと地方の自然の共生を描いている。高度テクノロジに支え垂れた開疎化、された街、

人が離れて住むようになれば地方に光があたる。はるかにテクノロジーが進んでいるので地方にもチャンスがあるというは話だ。

この世界観はコロナになり、離れていてもコミュニケーションしていることから、未来を予測していたかのようである。コロナになったあと、未来を予感していたかのごとく、安宅しのこの世界観はコロナ後の世界を語っているようである。

#シンニホン

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